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楽曲評論家クソDDのアイドル三十七房

アイドルの話しかしません。

「仮面ライダークウガ」って、「古畑任三郎」じゃね?

あまりにも唐突な話に面食らっている人が大多数だと思う。

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クウガ」ってめっちゃ偉大だと思うんですよ。伝説かつ孤高。

それまでのライダー像を一新して、警察と連携する・劇中に「仮面ライダー」という呼称が全く出てこない・そもそも改造人間じゃない、などなど今までの常識を一切廃して作られた新世代のライダー。良くも悪くもクウガ以降のライダー作品における起点となったまさに金字塔。

 

それまでの「BLACK RX」までのライダーっていうのはもうなんていうか「漢」って感じをこれでもかと押し付けてくる。

だって1号ライダーなんて藤岡弘だよ。あんなもん男女の性別で区別できる種類の生き物じゃないし。「藤岡弘」という新種の生き物だよ。特徴的なのはコーヒーの淹れ方とやたらヤラセっぽい探検隊番組に出がちなとこ。

 

ちなみに去年は「仮面ライダー1号」が映画化されて、44年ぶりに漢・藤岡弘が1号ライダーとして変身することになったというトピックスもあったけど、個人的にはあの映画の内容には全力で異を唱えたい。なんで1号が地獄大使共闘してんだよ…。決着つけろよ…。ゴーストとスペクター邪魔だよ…。

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ともあれクウガのようにおしつけがましさの無いカッコよさを兼ね備えたライダーを観たら、それまでの"漢"ライダーが暑苦しくてたまらなくなってくる。妙に首や肩のあたりにむずがゆさを感じる。

いやこれはこれでカッコいいんだけど、お前絶対太陽の子じゃねえじゃんって奴が平気で出てくるし。人の子じゃん。南光太郎はすっこんでろ。死別した両親にどんな顔で会いに行けばいいんだよ。

 

かたや「古畑任三郎」。これはもう語らずともその素晴らしさは伝わりますよね。なのであまり多くは語りません。気になる人は全部見てくれ。爆弾魔キムタクの回が好きです。

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で、こっからが本題だ。

 実は「クウガ」と「古畑任三郎」って、面白さのメカニズムが同じなんじゃないか。

 

難しすぎるゴ集団の殺し方ルール

クウガの敵集団「グロンギ」には下から順に「ズ」「メ」「ゴ」という階級があって、最強位のゴ集団のグロンギが殺人ゲーム(ゲゲル)をするときには明確なルール設定がある。

 

言わずもがな階級が上がるにつれて個々の力も強くなっているため、ただ単純にたくさん殺せばいいというわけではなくなった結果、量より質を重視するゲゲルが行われるようになるらしい。

バカ盛りで評判の定食屋に足繁く通っていた大学生が、社会人になって舌が肥えて一流フレンチに行くようになったという感じか。いや、違うか。学生時代定食屋に通っていた奴はだいたい社会に出ても定食か。

 

一応仮面ライダーって子供向けのはずなんだけど、ゴのゲゲルにおけるルールが今見返してやっとわかるぐらい複雑なものが多くて、思い出せば俺が子供の時観てたころはそういえばよくわかってなかった。

 

だって俺当時まだ小学生だもん。砂場で作った砂山にトンネル開通させてそこに水流して遊ぶのが一番楽しかった年頃の子供に「ショパンの革命のエチュードが…」とか言っても通じるわけねえ。

そもそもターゲット設定が1世代ずれてんだよな。そのおかげで今観ても、というか今観たほうがおもしろい。

 

クウガの終盤、メ集団やゴ集団が中心の話になっていくと、話の焦点は「どういうルールでゲゲルが行われているか」を解明していくところになっていく。前述のとおりそのルールというのが、

 

ショパンの「革命」の譜面通りに人を殺していく

→事件が起きた施設の頭文字が音階で、殺された人数が音符の種類になっていた

○特定の時刻・車両に乗り合わせた人間だけにマーキングを行い、後で殺す

→遺族への聞き込みや、駅周辺で配布されていたライターを被害者のほとんどが持っていたことからようやくルールが判明

○決められた色の「動く箱(バス・エレベーターなど)」に乗っている人だけを殺す

→両手の爪にしたネイルの色の順番で殺していた

 

…などという非常に難解なもの。誰が思いつくんだよこんなの。

 

1人の怪人を倒すのにおおよそ2話~3話分のエピソードを消費し、時にはルールの解明作業以外ほとんどしないこともあった。

でも視聴者側には、ある程度分かる形でこのルールが序盤に提示される。

 

…あれ?これ、古畑任三郎じゃね?

 

 

倒叙モノ」としての近似性 

古畑任三郎の特徴的なところは、「犯行の全容を先に見せておいて、『誰がやったか』ではなく『どうやってやったか』を探偵が解明していく」という、いわゆる倒叙モノの構成だということ。「刑事コロンボ」とかも形としては同じ。

だからこそ大物俳優を犯人役に起用しやすかったりというメリットがあって、そのぶん物語の構成に対するハードルがグンと上がるというデメリットもあるけどもそこは世界の三谷幸喜。さすが上手い。有頂天ホテルは多分50回ぐらい観てます。愛人に間違われた松たか子のくだりが最高に好きです。

 

「古畑」では物語序盤で犯行の全容が流れ、あとはどこからどういうヒントを拾いながら古畑がその犯行の全容を解明していくかという流れ。

クウガ」では物語序盤である程度分かる形でゲゲルのルールが提示され、クウガに変身する五代雄介や警察が推理してその法則性・ルールを解明していくのかという流れ。

これ、どっちも倒叙モノだ。

 

さすがに暗転した中一人立つオダギリジョーにスポットライトが当たって「みんな分かったかな~?」みたいなナメくさった問いかけはないが、結局ジャンルが違うだけで物語の中で踏んでいるプロセスというのはだいたいが同じだったりする。

 

 

ミステリー作品としての仮面ライダー

平成初期の仮面ライダーには、とかくミステリアスな要素が付きまとった。

クウガでいうグロンギなんかその最たるもので、グロンギ語という独自の言語を劇中で使う。しかも字幕とかも出ないし翻訳すらない。

後々ファンサイトで解読されて翻訳されていたり、映像ソフト化された際に対訳が収録されていたりはするものの、リアルタイムで見ていた人はマジでなんて言ってるのかわからなかったと思う。俺も分からなかった。

登場人物が何を考えていて何をしゃべっているのかわからないって、究極のミステリアスの形のひとつじゃないか。

全然話それるけどマジでこの動画に出てくるギノガの回。このくだりだけで記事3本は書ける。「白い4号です」という一言がいかにアツいのかみんなわかってなさすぎ。あとオダギリジョーの演技と吹き替えが神がかってる。

 

そこに「古畑」でおなじみの構成を持ち込むことで、「何を考えているか分からない奴らが何をしていたのか解明していく展開」へと昇華していったのが仮面ライダークウガという、究極のミステリー作品でもあると思う。

特撮作品としても純粋に楽しめるうえに、ミステリーとしても楽しめる。しかもミステリー作品として見ていても、その中には特撮要素の残り香がある。

 

クウガ」というのは、一口で二度おいしい、アーモンドグリコみたいな作品だったわけだ。

 

 

まあだから結局何が言いたいかというと、クウガも古畑もめっちゃ面白いので全部見てくれっていう話です。